こんにちは。株式会社K.Platinum代表の沼田です。
先日、こんな見出しのニュースを見かけました。
「基幹インフラを支えるエネルギー分野の人材育成・創出に向けた包括連携協定を締結」
……地味です。とても地味。「包括連携協定」という言葉ほど、中身を想像させない日本語もなかなかない。正直、スルーしかけました。
でも中を読んで、手が止まりました。書いてあったのは、大企業3社が、自社の訓練設備を、自社の社員以外の育成のために開くという話だったからです。
社員十数名のITコンサル会社をやっている僕にとって、この協定そのものは直接関係がありません。うちに発電所はないし、鉄道も走らせていない。それでも、この協定が前提にしている考え方は、規模に関係なく効く話だと思いました。
今日はその話をします。書くのは3つです。この協定で実際に開かれたものは何か、国が中小企業について何と書いたのか、そして設備を持たない会社が代わりに開けるものは何か。
※エネルギー政策そのものの是非については、この記事では一切扱いません。
何が起きたのか ── 開かれたのは設備で、鍛えられるのは「教える側」
事実だけ先に並べます。
2026年8月25日、独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED)と、東京電力ホールディングス、東北電力、東日本旅客鉄道(JR東日本)の4者が、包括連携協定を締結しました。
位置づけとしては、2026年7月21日に閣議決定された「日本成長戦略」の中にある「エネルギー等の戦略分野等における人材育成のため、産業界とJEEDが協働した人材育成プロジェクト」の一環、とされています。思いつきの1社の善意ではなく、国の戦略に紐づいた枠組みということですね。

具体的な取り組みとして挙げられているのは5つです。
- 職業訓練カリキュラムの開発
- JEEDの各職業能力開発施設における職業訓練の実施(在職者向けスキルアップなど)
- 3社が保有する発・受変電設備、施設等を活用した、職業訓練指導員の実地研修
- 職場見学等を通じた、訓練受講者の職業理解の促進
- 就業促進に向けた情報交換・ネットワークの構築
僕が「おっ」と思ったのは3番です。
訓練する側の人間を、民間企業の本物の設備で鍛える。
職業訓練の指導員というのは、教えるプロではあるけれど、現場の最新設備に日常的に触れているとは限らない。そこに東京電力やJR東日本の実設備を使わせる。しかもその指導員が教える相手は、3社の社員ではなく、JEEDの訓練を受ける人たちです。
背景にある課題認識も明快でした。電力需要の増加、インフラ設備の老朽化、災害対応力の強化、技術者不足と高齢化による技能継承の停滞、若年人口の減少。どれも「1社でどうにかする」サイズを超えています。
国が公文書に「中小企業は、自社だけでは人を育てられない」と書いた
原典に、こういう一文があります。
これまで人材育成は各企業が主体となって実施してきましたが、特に地域の中小企業では、教育設備や指導人材の不足により自社単独での人材育成が難しい状況にあり、企業や業種の枠を超えた新たな人材育成の仕組みが求められています。
これ、社員十数名の会社の経営者として読むと、なかなかの一文です。
「中小企業は、自社だけでは人を育てられない」と、公的な文書にはっきり書いてある。
最初に読んだときは、正直ちょっとムッとしました。育てられないとはなんだ、と。でも2回目には印象が変わりました。耳が痛い文章じゃなくて、むしろ救いの文章だなと。
というのも、うちみたいな規模の会社が人材育成の話をするとき、たいてい前提になっているのは「自社で育てるのが当然」という空気なんですよ。研修制度がない、メンター制度がない、OJTが属人化している。全部、自社完結が前提だから出てくる引け目です。
でもこの協定は、その前提そのものを疑っています。教育設備と指導人材が足りないなら、業種の枠を超えて融通すればいい。 国と大企業が、まずインフラ分野でそれをやってみせた。
「自社で全部やるのが正しい」という思い込みを外していいんだ、と公的な文書に書いてもらえたのは、素直にありがたいです。
「囲い込み」が成立するのは、業界に人がいる間だけ
ここからは、僕の解釈です。原典に書かれている話ではないので、そのつもりで読んでください。
3社が自社の設備を外に開いたのは、善意ではなく計算だと思っています。
人材育成には、育てた人が他社に行ってしまうリスクがつきまといます。だから育てない、育てても外に出さない。短期的には合理的に見える判断で、僕も最初の1年は片足を突っ込んでいました。
でも、この判断には前提があります。「業界に人はいる。取り合いをしているだけ」という前提です。
その前提が崩れたら、話は変わる。若年人口が減って、技能継承が止まって、業界全体の人が減っていくと、囲い込む対象そのものが消えます。 自分の池だけ守っていたら、川の水が来なくなった、みたいな状態です。
その局面で合理的な選択は、囲い込みではなく業界の入口を広げることになる。設備を開くのは、業界に人を流し込むための投資です。3社が得られるのは「うちの社員が育つ」ではなく「この業界で働ける人が増える」というリターンで、それは巡り巡って自分の現場が回ることにつながる。
繰り返しますが、これは公表資料の意図ではなく僕の読みです。協定は締結されたばかりで、うまくいくかどうかは僕にもわかりません。
ただ、「囲うより開いたほうが得になる局面が実在する」という事実は、この協定が示していると思います。
じゃあ、社員十数名の会社は何を開けるのか ── 設備がないなら、失敗の記録を開く

ここが、この記事を採用ブログに書いている理由です。
うちに発・受変電設備はありません。訓練施設もないし、職業訓練指導員もいません。「大企業はいいよね」で終わらせることもできます。
でも、この協定の構造をよく見ると、開かれたのは「設備」であって「規模」ではないんですよね。3社はたまたま設備を持っていたから設備を開いた。持っているもののうち、外に出しても自社が損をせず、業界の入口が広がるものを出した。それだけです。
だとしたら、うちが持っているものは何か。
考えてみると、あります。
- 実際の案件で何が起きたかという記録(もちろん顧客名や具体的な内容は出せませんが、構造や判断の話は抽象化できます)
- 実装のログ。どう作ったか、どこでハマったか
- ⭐失敗の記録。これがいちばん価値があると思っています。うまくいった話は世の中に溢れているけれど、「この設計を選んで、半年後にこう詰まった」は、経験した人しか書けない
これらは、設備と違って外に出しても減りません。 出す先も、インターン、勉強会、技術記事と、社員十数名の会社でもできる形がある。
設備がある会社が設備を開いたなら、ナレッジしかない会社はナレッジを開く。
規模の話ではなく、姿勢の話だと思っています。
この「失敗の記録を隠さない」は、採用の場でも同じようにやっています。うまくいった話だけを聞かされる面接に飽きた方へ ──
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いまやれているのは2つだけ。始めていないことは「やっている」と書かない
最後に、正直なところを書きます。
いまうちがやれているのは、技術記事を書くことと、採用面接で自社の失敗を隠さないことくらいです。制度として立派なものがあるわけではありません。
面接の話は少し補足すると、うちは面接で「うちのここが弱いです」を先に言うようにしています。前職は製造や金融の現場にいたんですが、その頃から、入ってから知る不都合ほど効くものはないと思っていて。これは人材育成というより採用の誠実さの話ですが、情報を開くという意味では地続きです。
これからやりたいのは、勉強会の形で外に開くこと。ただ、まだ始めていないので「やっています」とは書きません。始めたら書きます。
2023年にこの会社を立ち上げて、3年あまりが経ちました。「うちで育てて、うちに留める」という発想でやっていた時期があって、それが自分にとっても社員にとっても窮屈だったな、と今は思います。育てた人が外で通用するようになることを、リスクではなく成果として数えるほうが、結果的に強い会社になる気がしています。
国と大企業3社が、インフラの現場でそれを始めた。うちはうちの持ち物で、同じことをやります。
本記事は2026年9月時点の公開情報に基づいています。出典:独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED)/東京電力ホールディングス/東北電力/東日本旅客鉄道『基幹インフラを支えるエネルギー分野の人材育成・創出に向けた包括連携協定を締結』(2026年8月25日公表・JEEDプレスリリース)。協定の意図・背景に関する解釈部分は筆者個人の見解であり、締結各者の公式見解ではありません。また当社は本協定に関与していません。
沼田海斗(ぬまた・かいと)
株式会社K.Platinum代表。製造・金融業界でのキャリアを経て、2023年にK.Platinumを設立。「エンジニアを幸せにする」をパーパスに、ITコンサルティングと自社サービス開発を手がける。
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